No.26 宝飯
たからめし、と書いて「ほい」と読む。
わたしは宝飯郡御津町御馬(ほいぐんみとちょうおんま)という、
読み仮名なしには到底読めない田舎町の生まれだ。
豊川市に吸収合併され、宝飯郡という地名がなくなったのは、もう10年以上も前のこと。
今回、何を書こうか考えた時に、この先きっと書かれることはなく、
いずれ人々の記憶からも消え去ってしまうであろう故郷の名を、
残しておきたいと思ったのである。
実家は、決して便利とは言えないが、海まで徒歩2分の穏やかな場所。
幼い頃はそろばんの帰りに海岸で遊んだり、
思春期には、イヤなことがあると堤防で黄昏れたりしたものだ。
水平線に沈んでいく、地元の夕日はとてもきれい。
毎年、真夏には男性陣が伝統的な装束で演舞を披露したり、
酔っ払って田んぼにダイブしたりする、クレイジーな祭りが今なお受け継がれている。
(興味のある方は「笹踊り・七福神踊り」で検索を。)
離れてから、地元愛がいっそう強くなるのは何だかフシギだ。
書道の思い出といえば、わたしは保育園のうちから近所の習字教室に通い、
漢字の意味も分からず書に励んだ。先生に言われるがまま、
「よう(おそらく幼稚園の意)ちか」と名前を書いていたら、
周りから中国人だと思われていたという小話もある。
その習字教室というのがなかなかスパルタで、年1〜2度は二泊三日の合宿があり、
またお正月には日本武道館で書き初め大会に参加する
(ついでに富士急ハイランドやディズニーランドで遊んで帰る)という、
今から思うと相当なガチ勢だった。
正直、中学生まで通っていたわりに字は下手っぴのままだけれど、
学校も学年も越えた友達と仲良くなれるのは楽しかった。
こんな風に過去を振り返ると、年を重ねるごとに、
これまで感じたこと、経験したこと、すべてが今の自分につながっていると実感する。
会った人も、見た景色も、読んだ本も映画も、ぜんぶぜんぶ集まって、今の自分ができている。
なんて、書道をきっかけに、少しばかりノスタルジーに浸ってみた。
こだわりに縛られすぎず、何歳になっても外からの刺激をしなやかに受け止められるのが、
理想の大人像かもしれないな。
2020年6月3日
関谷 知加
公開日/2020年06月03日